日本語だけでごめんなさい

最近気付いた自分自身の気持ちです。

僕は常々思う。僕の子供の頃、大人や学校の先生は、綺麗ごとしか言わなかった。
大人になってから、世の中全体が巧妙にわからないように細工されている嘘が多くて、実際は何の知識も得ていなかった事を知った。
本音としては、騙されていることを知りながら、その選択肢を甘んじて受けていた自分の甘さがある。
国は守ってくれないと思っていい。国も法律も自分の身を守る手段でしかない。
ましてや個人になってくると、なおさら人に相互依存する関係を続けてはいけないと思っている。
ほとんどの人々は、自分が騙されていることを意識しないから、それが正しいと思い込む。
結果的に最初に騙す人が儲かる仕組みになっている。
僕は既存の古い考えを押し付ける、騙されないような生き方をしたい。

騙されるとは嘘をつかれることではないと僕は考えている。
騙されるとは、巧妙な心理トリックで相手に損だけをさせて、お金を掠め取ることであると定義付けている。
例えばガソリンの価格には敏感なのに、ミネラルウォーターには意識せずにお金を払う行為。
実際は水道水を高級感を出して、ガソリンよりも高い値段で売っているが、そこに気がつく人はほとんどいない。
例えば、3万円の商品から300円の値引きがあるとたいした値引きと思わないだろうが、1000円から300円の値引きがあると買ってしまう行為。
これも、買い物の心理トリックだ。実際は気にしない人がほとんどだと思う。

こういう心理トリックは日常の買い物ではよくあることだと思う。
だから、それをずっと意識して買い物に行けば、けっして安いだけの店には立ち寄れなくなる。買っても損をするだけだから。
また高くても、高いだけで何の努力もしていないお店や人も、論外だといえる。それは大損だろう。
最終的には自分と他人の両方にとってプラスになることを優先的に考えるお店や人に支払いをすればいいと思う。

これはその人が自分のお店に買い物をするときの態度でわかる。
顧客になったときの態度で、その人の本質がわかる。
他人の見た目や経歴や能力や仕事の技術力しか見れない人とは話しにならない。
それよりも個人の言動や人柄を観察していった方が良い。
僕は多くの企業が非現実的な優しさを見せていることが、何より信頼感を失っていると感じる。
技術ではない。そつなくこなせばいいわけではない。
一番考えないといけないのは、相手のことを尊重する人は絶対大事にしたほうがいい。
そうでない人は距離を置いても大丈夫。むしろ、全員に分かってもらおうとしないほうがいいと思う。
そんなことにエネルギーを使うくらいなら、自分が自己実現したい欲のほうを優先させたほうがいいと思って仕事をする。

僕は儲ける話には興味が無い。
しかし、生活を守るための知恵を生み出す事には興味があるし、昔から積極的に情報を集めています。
まず一ヶ月の支出を投資、浪費、消費の三つに分け、投資は教育費や機材なども含めて長期の収益のために使い、浪費は自分の好きな趣味のために一定額用意しておきオーバーしたり残したりせずにきちんと毎月使い切り、消費は食費や光熱費など必要なものは節約しつつも、予算を決めて無駄を省くと同時に、マイレージやナナコカード、クレジットカードなど、各カードのポイントをなるべく二重三重に取れるような使い方を頭に入れながら買い物をする。

ここ最近は小銭をお店で使わない。使えば使うほど、小銭の価値を忘れるから。
行く店や取引先は選ぶ。ここは数年前に僕ができていなかった弱点だ。
有料駐車場は目的地よりも離れたところがであっても、なるべく安いところに停める。かといって迷惑駐車をしない。お店の都合も考えて、例えばデパートの商品券を買ったら駐車料金が無料になることがあるので、商品券を買って停めさせていただく。そのお店が無料の駐車場であっても、必ずそこで帰りに買い物はする。それも大事なことの一つ。お礼とお詫びとして、必ずお店の中には何かの縁があるから、手ぶらでは帰らない。

ケチと節約は根本の目的が違う。
節約は自分と他人の両方のことを考えていくものだが、ケチは自分のことしか考えていないものだと認識している。
僕はケチなタイプの人と仕事をするべきではないと思うし、そんなお店には行かない。ケチなお店でお支払いする事によって、今まで僕に支払いをしてくれた方々に迷惑がかかることに最近気がついた。感謝しないタイプの人に支払いをする。それは非常に甘い考えだと思った。

貯蓄するだけの人生もどうかと思う。
インターネットが普及していなかった時代は、オンライン銀行など存在しなかった。だから貯蓄の考え方が通用する時代だったかもしれない。
ただ、これからはそんな考えでは逆にいざという時のために投資をしていないから、自分の資質や資金の流れが悪くなる。
だから、一定額の投資は必要だと考えている。

ちなみに投資とは先物取引の類ではない。
僕ははっきり言って株は面白くないと思う。普通に勝てるから。
だけど、トレーダーになる気はない。株はローリスクローリターン。
僕は損することよりも、ずっと自分がパソコンに張り付いて、お金のことばかり考える人生の方が怖い。パチンコ依存となんら変わらない。
投資信託は特にやめておいたほうが良い。
人に自分の資産運用を預ける。僕はその考え方自体も怖い。
金庫の鍵を誰かに預けるのと同じ感覚だ。
自分のお金を人に全部任せる行為は絶対に避けたい。

自分の考えはもはや当たり前だが、お店を持たずに、音楽やデザインなど、インターネットのコンテンツを制作して販売、もしくは使用していただくことに尽力したほうが販売コストがかからない。
基本的に自分が在庫を抱えず、大量生産をしない商売だったら、まずはデジタルコンテンツ産業しかないと思う。
ただし、情報商材は売ってはいけない。そんなことをしたら、僕自身が疲弊してしまう。

お金に余裕が無く、儲けたいことで頭がいっぱいで余裕が無い人が来ると自分が振り回されていくのが目に見えている。
単純にその人が生活を改善すれば解決する話だと思う。そのレベルの人と付き合うと付き合う僕自身も自分を見失ってしまう。

それゆえ無理をしない仕事が一番良い。自動的に人を使わない不労所得を確保する。
まずはこれに尽きる。

受注を待つよりも、販売した方が良い。
自信が無くても、今の世の中は営業もインターネットでする時代。それもコストはかからない。
結局、やるかやらないか?だけなんだと思う。

成功か失敗しかない。失敗して笑う人もいるだろうが、笑われるだけ。ほっといても問題ない。そんな人はどこの世界も一定数存在するもの。
失敗しても、まずコストがほとんどかからないので、周りが言うほどリスクはない。

不動産投資、株式投資の方がよっぽどリスクは高い。まず、そういう先物取引をして、怖いというより、小さな城を築くことに満足している自分を想像できない。

僕は音楽を作っている身ではあるが、今の流行にはかなり鈍感だ。むしろ流行を追いたくないほうである。
不特定多数の人たちに人気を得ることにも興味をもたない。
よく誤解されるが、人とこだわる部分が違う。
自分が生きやすい世界を作ることを目的にしているから、生活を確保する考えだけには満足しない。
生活を安定させたいと思っている前提でお前はこうなんだろう?と言われても、はいはいと受け流すしかない。
正直、普通の人には感覚的に違いすぎて分かるわけがないと思う。
ちなみに父も母も普通の感覚だった。
僕がずっと学校でも職場でも、自分がこのまま行けば学校の制度が崩壊する、倒産することを予測している故に、生きづらいと感じて悩んでいることをずっと打ち明けられなかった。
だからと言って、その聞く耳を持っていなかった両親に感謝していないわけではない。
他のごく普通の人も同じ。それぞれの目線でまずはご自分の生活を安定させることに尽力しているから、それだけでも感謝している。

僕が目指しているのは自分が生きやすいと思える世界を作っていく経営者だ。
松下幸之助さんの言葉を読むと、生きている時になんとかしてでもお会いしたかった気持ちを持つ。
稲盛和夫さんは講演会で一度公聴させていただいたときは、感動して涙を流したこともある。
そのレベルの経営者の方々にお会いすると、自分がなぜ自分の生き易い世の中を作りたいのかを理解していただけるのは、このレベルの方々くらいしかいないのかもしれない。

営業に関しては、様々な方法がある。
まずは生活に余裕がある人を対象に自分を売りこんでいいと思う。
普段から与えている人に与えるくらいの気持ちで。
(逆に貰うことが当たり前だと思っているタイプもいるから、距離を置いたほうがいい。)
何も高級な商品を用意しないといけないわけではない。
むしろコストをかけずに、まずは自分の「真心」をみせることこそが大事だと思う。
それには常日頃、接客時に相手に手ぶらで帰っていただかないような配慮が必要だと思う。

お金がまったく無い人を商売にしてはいけないと思う。
お金が無い人には無い人なりのサービスを提供すれば良い。
僕のお客様は、日々の生活に困るような人がほとんどいらっしゃらないから、無料で終わる人の方が少ない。
貧乏な人が悪いという意味ではない。むしろ、貧乏であっても頑張っている人は積極的にフォローすべきだろう。

無料だけで完結している人がクレーム化しても、大事にしてはいけない。
無料には意味があることを前提に、それでも自分の提供するものを利用していただいている人の方が本当の顧客だと思う。
むしろ、お金が無い人のなかで、明日食べるものもない人たち、その人たちがもし自分の望まない人生であるなら、悪い人間に虐げられて犯罪に巻き込まれる前に、仕事を与えていけるレベルに自分を高めていきたい。

僕は虐げられる人を食い物にしているマルチ商法の類には、関わりたくない。
見分けるのが難しいが、僕が自分で辛いと思う仕事、行為はたとえ命令でもしたくない。

国が関与するものもあるだろうし。もし、誰かがマルチ商法に関わる人であれば、その人がどんなに良い人であっても。それは僕の責任ではない。
関わらないためにもその人と離れてもいい。自分が気付くまで救わない。

僕は自分が大事に思う人だけでも大事にしていきたい。
自分が生きたいと思う生き方をしたい。
周りが良い車を持ったことで僕には関係ない。
誰かが良い車を作りたいから一生懸命勉強して技術を高める気持ちには興味を持っている。
僕は例えばゲームをプレイして満足するだけの人よりも、ゲームのプレイを実況したり、ゲームを作るほうが好きな人を好む。スポーツでは選手に罵声を浴びせる人よりも、プレイヤーやマネージャーに興味を持つ。

世の中にはたくさんの誘惑がある。
それに打ち勝つには我慢が必要であり、我慢ができなくて理性を失う人とは距離感を保ってもいい。
自分もそうなっていく可能性が高い。楽をしたいだけだから。
僕は一生涯楽ではなく、快楽を求めて生きたい。

仕事の目的はでかいほうが良い。
高い頂上を目指しているので、その上昇が途中であっても、たとえ10分の1であっても、凹む必要はない。上ったことには変わりない。
世界一位を目指すのは当たり前だというのはそういう理由から。それは周りからよく批判されるが、僕自身はむしろ競争相手を思いやる謙虚な心だと思う。
例えば昔サッカーのワールドカップでベスト4を目指す選手が多い中で、1人だけ本田選手だけが優勝を目指すと言っていた。
どんなに相手チームが強くても敬意を払って、優勝を目指す感覚。それがないとプロとしてやっていけないと僕は思う。
まして、スポーツよりも競争が緩い音楽においては、僕の持てる力はまだまだ十分に発揮できるチャンスはある。
周りに敬意を払って、突き進んでいくことが生きるうえで大事である。

生活の目的はささやかで良い。
高級感には興味を持つと自分の能力の価値を下げる。大きな家。都心部。高級な装飾品。美人な女性。便利なだけの嗜好のもの。
そんなもの生きることにはほとんど必要ない。そういう類のものを必要以上に勧めてくる人も多いが、決して僕の友人ではない。
高級なものがダメだということではない。必要のないものにお金をかけない意思も見せて良い。
それを恒久的に認める人こそ、本当の友人として大事にしたい。
それがわかる女性であれば、相手がどんな地位でどんな境遇の人であれ、家族として一緒に過ごしていきたい。
僕は生活に関しては家族に満足させられる器ではない。
自分が望まれてもできないことを相手に望もうと思えない。
もし結婚する相手ができたのなら、僕は相手には最低限のこと以外、求めない生き方をしていこうと思う。
けっして女性なら誰でも良いわけではない。僕は一緒にいても、気を使うのが当たり前のような、苦楽を共にできる人が最良な関係だと思っている。
しょせん人間なのだから、お互い様の精神…でいいような気がする。

何者にも依存しない、何事にも依存しないことを常に頭に入れている。
だからこそ、もうこれ以上人から騙される必要はもうないのだと思う。

…日頃の僕の想いです。
またまたこんな長い現実論を書いちゃうと、一部の人からは敬遠されるかもしれないし、一方で、僕と同じ、感覚的に物事を考えるタイプの人からは喜ばれるかもしれないです。
喜ばれる人を優先して書きました。

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